本音でぶつかること。
本音で議論すること。
これ、大事なことよね!
ただ・・・
この本音の部分をね・・・
感情と勘違いするのか?
感情を混ぜてぶつかるのか?
まぁ・・・人間はね、感情があるのは事実だよ。
感情が無いのは、逆におかしい。
だからといって、この場合のぶつかる・・・
仕事をする、前に進んでいく時に、本音でぶつかるという場合はね、
相手に伝えたいという感情はあってもいいのよ。
ただし、感情任せにならないことだね。
ぶつかり合うのなら、事実に基づいてってやつ。
事実の部分で話し合う。
議論し合う。
ここにね、感情が加わるとね・・・
感情をも受けとめることができてしまう人はね・・・
疲弊するのよ。
通常の議論の倍、いや3倍くらい?
感情を織り交ぜて話す方はね・・・
受け止める側の疲労はわからないのよ。
なぜならば、何とか感情を混ぜた自分の意見を通すというか、自分の意見をわかってもらうことに全集中だから。
受け止めることができる方はさ・・・
たぶんだけど・・・
事実と切り分けて理解しようと、
相手の伝えたいことを理解しようと、
相手の感情を抑えられるためにはと思考しながら、
相手の論点の修正や、正しく議論するために、
いろんなことを考えながら、なおかつ事実ベースにからずれないようにと意識もしながらね、
対話、議論、話し合いをしている・・・
と、思うんだよね?
違うかな?
こんなに考えてない?
考えていないとしたら、感情を織り交ぜて伝える側の人ですか?
なんてな。笑
俺の思考が、すべての人に通じるとは思っちゃいないけれど~
本音でぶつかるということをする場合。
本音・・・本気だからこそね、
議論をしたいと思うんだよね。
話し合いや意見交換をね、意味あるものにしたいと思うんだよ。
だとしたらさ、
相手のことを思いやり、
なんなら、相手をリスペクトしてね、
伝える、伝わる、伝え方、伝わり方・・・
いろんな角度から考えてね、言葉にして発すると思うんだよなぁ・・・
事業を進める。
拡大する。
前進する。
飛躍する。
こういうときにね、本音でぶつかりあえる仲間がいないとね。
ここに、本音と感情を勘違いする人がいるとね・・・
なかなか進まなかったり、停滞したり・・・
なんなら逆行・・・衰退さえしかねない。
なんてな~
ちゅうことで、したっけね~