人生はドラマ・・・
それぞれの人生がドラマ・・・
それぞれの人生は、それぞれが主人公のドラマ・・・
ここをね、理解していたらさ、相手への思いやりって失うことはないと思わない?
自分だけの時間を、自分だけが使っていくドラマであるならば、自分の好きなようにしたらいい。
しかし、相手と同じ時間を同じ場所や環境で共有しているというか、同じ空間にいる場合・・・
自分の時間経過があり、相手の時間経過があり、共通の時間経過があり~
ここでね、もし遅刻があったとする。
そうしたら、遅刻するにはその理由があるだろうけれど、それはその人の人生というドラマではいいんだろうけれど・・・
遅刻という状況がある場合、そこには相手というか、他の人の人生のドラマ・・・他の人の時間の経過がある。
遅刻した理由でね、相手の時間を奪うことに、何を感じる?
何も感じない?
それはそれ、仕方がない?
どんな理由であれ、他者の時間を奪っておいて、その人が主役の人生ドラマを狂わせておいて・・・
ほんの数分じゃん?
ほんの数分でも、人生ドラマは進んでいる・・・
ここにね、仕方がないとはいえ、謝罪というか、ごめんなさいの一言があるかどうか・・・
謝罪しても時間は戻らないし、返せない。
でも、相手の人生ドラマの進行に滞りを生じさせたのであれば、謝る気持ち・・・姿勢はね、大事なことよね!
って思わない?
まぁ、俺の得意分野?の時間で書いたけれどさ・・・
他にもさ、相手がいる場合・・・
会話・・・言葉のチョイス、使い方、伝え方、言い方とかもさ・・・
自分の人生ドラマはさ、自分が主人公だからって意識でいいけれど、相手がいる場合、相手と関わる場合、そこには相手が主役の人生ドラマがあり~
ということはさ、相手があるときは、主役になったり、脇役になったりという事がね、意識しない中で繰り返されていく。
ここをね、主役であるときと脇役であるときを意識して、考えて行動したらどうなる?
自己中や利己的ってのは無くなって、利他の心、思いやりとかがね、自然と生まれてくると思わない?
ということはさ、人生ドラマ・・・生き方・・・ここに変化が出てくるだろうし・・・
自分が主役の人生ドラマを作っていくのは、自分自身っていうことになるんじゃないかなぁってね。
著者も書いているけれど、運命?
自分で進んでいく道、自分が作っているものが運命だよねってね。
運命って、そうなるように行動してきた結果なんだろうね。
・・・運命・・・宿命・・・俺の思考が止まり出した。笑
なるようにしかならないけれど、どうしたらなるようにどのように考えるか?
考えたらどう行動するか?
行動する時は、相手があることなのか?
相手があるならば、主役と主役が同じステージに立つ、それぞれの人生ドラマ。
主役同士でね、イキりあってたら、どんなステージになるべね~
ちゅうお話かな。
俺は一人もんでね、今日は休み・・・
俺だけの時間・・・
でも、車で外に出かけたら、道路というステージには、素性の知らない主役の人たちがいっぱいいる。
ゆずりあいとかの気持ちが現れるかどうかも、人生ドラマの一つだよね?
んで俺はね、今日は休みの日だから、いろんなことでね、リフレッシュしたいから、自然の中に行ったりして・・・
俺しかない空間、俺だけのステージを楽しむ・・・
こんな時間は必要でない?
釣りバカが、釣りばかりしていることの正当化。笑
今日、自然の中に行くかどうかは天気と風次第だけどね~
ちゅうことでね、世の中はね、人生ドラマが入り乱れているからさ・・・
主役のとき、脇役のとき・・・周りに誰かがいるならば、主役でもあり脇役でもある。
この意識、どれだけ持ってる?
ちゅう感じで、したっけね~