働くことは、修行に似ている・・・
働くことを修行って思うとツラくね?笑
でもね、
修行が必要な時期だと思えるならさ、
著者のこの考え方はいいのかなって。
つまり〜
与えられた仕事にね、
愚直に、真面目に、地道に、誠実に、夢中になって取り組むことで、
怒りを鎮め、愚痴を慎む・・・
人間性も向上できる、と。
たださ・・・
なぜ、怒りと愚痴・・・
ここと繋げたんだ?
そもそもね、
怒りが出るときってどんなとき?
愚痴が出るのはどんなとき?
怒りの視点は?
愚痴になる理由は?
ここの繋げ方はね、
たぶん著者の経験からのだと思うんだけどさ、
繋げてるのはさ、
ちょい強引でない?笑
んで、それはそれ!
修行・・・
修行って言葉もツライよね〜
俺の真冬にする釣りをね、
修行みたいに言う人もいるし、
いるからね、
俺も自虐的にさ、
修行かよ!
ってセルフツッコミするけどさ〜笑
好んで修行するのは・・・
俺はしたくない。笑
生きる上で、
そこを進む必要があるのなら、
それを修行と呼ぶんもいいだろうけどさ、
そこへ向かう途中にあるもの。
過程にあるもの。
と考えたらさ〜
修行なんて重々しい言葉にしなくてもよくね?笑
でもさ、
修行と捉えるならばさ、
その修行の後の姿・・・
ここがイメージできてないとさ、
ただただツライと思う。笑
ここがない修行ならね、
もしかしたら、
進むべき道が違うのかも?
とか、思わない?
それをしたくて始めたけれど、
合う合わないは出てくると思うんだよね!
でもさ、
その判断をどのタイミングでするか?
半年や1年で判断するのは〜
もしかしたら、
損かもしれないし〜
そだな・・・
これは経験からなんだけどさ、
好きとか楽しいとかね、
仕事のなかに一部分でもあるならさ、
3年とは言わないけど、
せめて2年は追求してみてもいいかもね!
なんてな〜
ちゅうことで、したっけね〜