お知らせ

動機善なりや、私心なかりしか①(稲盛和夫一日一言より)

著者が行なっている、

自問自答、自己点検の方法の話だね~

何かの目的を掲げるときや、目標に向かう時には、

動機善なりや・・・

と、自らに問う。

ってか、今こう言う言い方は実際にはしないだろうけど。笑

んで、行動をし始めたら、

私心なかりしか・・・

という問いかけ。

ん~・・・

なぁんかおかしくね?

おかしいと思わない?

まぁ、まぁちょっと置いといて。

で、何?

動機が善であり、

私心がなければ、

結果を問う必要はありません・・・

必ず成功するのです・・・

んんん???

ん~

こういう風にね、

こういうことを信じて、

信念にして生きる、働くってのはアリだとは思うけど~

ナシだね。笑

なぜならば~

自分を正当化しかねないんじゃない?

だってさ~

まず結果はね、

どんなに崇高な志であってもね、

どんなに完璧に考えて行動したとしてもね、

必ず成功するとは限らない!

必ず・・・

必ずと絶対って同じか?違うのか?

ん~

絶対失敗しない・・・

必ず失敗するとは限らない・・・

絶対成功する・・・

必ず成功する・・・

期待と断言・・・

主観と客観・・・

かな?

話ズレたな。笑

まぁでもね、

意識として持つのはいいし、

誰かを励ますならね、

使ってもいいと思う言葉だけどさ~

必ず成功、絶対成功・・・

どちらも嘘!笑

必ずあるもの、絶対あるもの・・・

それは、人間の死しかないんじゃない?

で、結果のところの違和感はね、

意識としてそう思って取り組むのはいいけど、

そうでない結果になったときのリスクは考えてるかな?ってね。

んで、

何かをする時に動機を考えて、

行動してから私心を考える。

これも変よ。

最初に、両方考えて、

最初に両方自問自答して、

行動に移してからも、

そのゴールにたどり着くまでは、

要所要所で、両方の自問自答。

これが正確じゃない?

つまり、

常に自問自答するならば、

動機が善か?

善からずれてないか?

本当に善か?

私心ではないか?

自利になっていないか?

利他であるか?

てかね、これも毎度書いているけれど~

私心はあっていい。笑

あっていい私心・・・

持つべきところと、そうでないところ。

ここを使い分ければいい。

だからね、

私心は悪ではないし、

私心が善もある。

てか、世の中のよほど・・・

一部の人を除けばさ、

多くの人が善で生きてるだろうし、

善を考えていると思う。

しかし、

立場や状況、環境がね、

私心を混ぜてくる。

お金を直接見る立場とかは、

起こり得やすいかもしれないかな~笑

介護業界でもさ、

金儲けに始める人も・・・いるけどさ、

多くの人は違うっしょ?

でもね、

立場が変わると・・・

なぜか金の亡者になる人がいる。笑

もしくは、そう見える行動をしてしまう。

こういうのはよくないかなって。

仲間が増えると~

その仲間の中心位置に立つと~

何かを勘違いし始めてくる・・・笑

んで、こぉんな風にならない戒めとしてね、

著者の言葉を信じるのもいいけどさ~

でもね、

最初だけでなく、

途中も、最後までの意識が大事なんじゃない?

ちゅう俺の考えでした~

したっけね~

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