著者が行なっている、
自問自答、自己点検の方法の話だね~
何かの目的を掲げるときや、目標に向かう時には、
動機善なりや・・・
と、自らに問う。
ってか、今こう言う言い方は実際にはしないだろうけど。笑
んで、行動をし始めたら、
私心なかりしか・・・
という問いかけ。
ん~・・・
なぁんかおかしくね?
おかしいと思わない?
まぁ、まぁちょっと置いといて。
で、何?
動機が善であり、
私心がなければ、
結果を問う必要はありません・・・
必ず成功するのです・・・
んんん???
ん~
こういう風にね、
こういうことを信じて、
信念にして生きる、働くってのはアリだとは思うけど~
ナシだね。笑
なぜならば~
自分を正当化しかねないんじゃない?
だってさ~
まず結果はね、
どんなに崇高な志であってもね、
どんなに完璧に考えて行動したとしてもね、
必ず成功するとは限らない!
必ず・・・
必ずと絶対って同じか?違うのか?
ん~
絶対失敗しない・・・
必ず失敗するとは限らない・・・
絶対成功する・・・
必ず成功する・・・
期待と断言・・・
主観と客観・・・
かな?
話ズレたな。笑
まぁでもね、
意識として持つのはいいし、
誰かを励ますならね、
使ってもいいと思う言葉だけどさ~
必ず成功、絶対成功・・・
どちらも嘘!笑
必ずあるもの、絶対あるもの・・・
それは、人間の死しかないんじゃない?
で、結果のところの違和感はね、
意識としてそう思って取り組むのはいいけど、
そうでない結果になったときのリスクは考えてるかな?ってね。
んで、
何かをする時に動機を考えて、
行動してから私心を考える。
これも変よ。
最初に、両方考えて、
最初に両方自問自答して、
行動に移してからも、
そのゴールにたどり着くまでは、
要所要所で、両方の自問自答。
これが正確じゃない?
つまり、
常に自問自答するならば、
動機が善か?
善からずれてないか?
本当に善か?
私心ではないか?
自利になっていないか?
利他であるか?
てかね、これも毎度書いているけれど~
私心はあっていい。笑
あっていい私心・・・
持つべきところと、そうでないところ。
ここを使い分ければいい。
だからね、
私心は悪ではないし、
私心が善もある。
てか、世の中のよほど・・・
一部の人を除けばさ、
多くの人が善で生きてるだろうし、
善を考えていると思う。
しかし、
立場や状況、環境がね、
私心を混ぜてくる。
お金を直接見る立場とかは、
起こり得やすいかもしれないかな~笑
介護業界でもさ、
金儲けに始める人も・・・いるけどさ、
多くの人は違うっしょ?
でもね、
立場が変わると・・・
なぜか金の亡者になる人がいる。笑
もしくは、そう見える行動をしてしまう。
こういうのはよくないかなって。
仲間が増えると~
その仲間の中心位置に立つと~
何かを勘違いし始めてくる・・・笑
んで、こぉんな風にならない戒めとしてね、
著者の言葉を信じるのもいいけどさ~
でもね、
最初だけでなく、
途中も、最後までの意識が大事なんじゃない?
ちゅう俺の考えでした~
したっけね~