お知らせ

飛び抜けた才能とは強化された常識である(自助論より)

偉人と呼ばれる人は、飛び抜けた才能の威力とかを、最も信じていなかった。

普通に持ち合わせている世間知や忍耐力を大切だと考えていた・・・

ということが書かれてあったよ。

才能があるとか思わずに、

普通に生きていくための知恵や忍耐力を大切に。

この世間知を身につけて、磨く?

伸ばす?

追求する?

これが秀でてたのかなぁ?

そして、それらをするためには、

耐え忍ぶことも必要だと。

何か、すごいことをしようとか、

偉くなるために、何かをしよう、

じゃなくて、

普通に、その人にとっての普通の世間知と忍耐力。

それらを研鑽していっただけ、

なのかもしれない。

そして、それが結果としてね、

偉人とされたんだよね。

きっと。

結果や評価を求めての行動ではなく、

自分に才能があると思うことなく、

普通に、普通に、

あたりまえのことをしてきた結果。

んでさ、

この普通であたりまえのことってさ、

個人差があるよね。

俺の普通とあなたの普通は違うし、

俺のあたりまえとあなたのあたりまえも違う。

俺みたいな凡人が、

ここで大切だと気づき、行動を変えていかなきゃならないのは、

俺と異なる普通やあたりまえを実践している人、

そしてその人が、何かしらの結果を出しているのなら、

俺の普通とあたりまえを、

素直に、増やす?

真似る?

身につける?

ということを、することだね。

なんか、今日はうまく表現できねぇな〜。

でも、なんとなくは、

なんとなくは、伝わるよね?笑

例えば、

勤務時間以外に1時間、

仕事に関する勉強をしてる人がいて、

その人が結果を出しているのなら、

俺自身も、少なくとも1時間は、

同じように勉強する。

勤務時間以外の1時間の勉強が普通であるならば、

勤務時間以外は仕事をしないのが普通って人いるもんね。

ここで、何かしらの差が出るなら、

その1時間の普通を取り入れる。

できなかったら、

その人との差を認めてしまうだけ。

伝わるかなぁ?

まぁ、そういうこった!笑

ちゅうことで、

スッキリしないけど、したっけね!

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