お知らせ

反省と利他の心(稲盛和夫一日一言より)

反省をするということは、

ともすれば利己で満たされがちな心を、浄化しようとすること。

反省を繰り返し、自らを戒める。

そして、利己的な思いを少しでも抑えることができたら?

心の中には、

人間が本来持っているはずの美しい利他の心が表れてくると考えている・・・と。

もしあなたがこれを読んだらね、

いくつ、どこに、違和感を感じる?笑

俺はね、

今日は違和感というよりもね、

考えさせられるところが3つ。笑

ともすればって何?

浄化って何?

本来持っているはず?

この3つ。

まず、ともすれば・・・

可能性として考えるならさ、普通に起こり得ることだよ?

普通に利己を考えちゃわない?

子供のときなんてさ、

利己の塊じゃない?

そこからね、いろんな人と関わってね、

生きることを継続できているからね、

利己でいいところ、そうでないところって・・・

わざわざね、なぜともすれば~って表現にしたんだろ?

って疑問。

二つ目~

浄化・・・

反省は浄化?

利己を不要なものばかりとも、汚らわしいものばかりとも思ってないからね・・・

俺の思考がね、

浄化を受け付けないでいるのかなって。笑

で、最後。

本来持っているはずの利他の心・・・

美しいとか言葉が付いちゃってるけどさ・・・

本来持っている?

本来持っているのは、利己の塊だって!笑

俺はこう考えている。

だから、

誰と関わり、

どのように考え、

どのように行動するか?

考えが浅い人とばかりいるとね、

考えることをしなくてもいい環境になっていく。

もし、考えが浅い人がね、

その組織や集団のトップなら?

その組織や集団は、そのトップ以上に考える人は出てくるか?

出てくるとは思うけど~

じゃ、そのトップがね、

それこそ自己中で、

利己的で、

意見や考えを吸い上げているようで、

利己を通しているとしたら?

考えない人が残る組織や集団になりかねない・・・

と思わない?

なんてな~

いろんな体験をして、

それらを経験に変えて、

その経験の上でさらに、

体験をし、経験に変え、考え、行動・・・

この中に反省があって、

その反省の仕方でね、

反省の方向性でね、

今後どう生きていくのか?

これらの繰り返し~

その中で、すべて利他?

あり得ないから!

ちゅうことで、今日はこんな感じでしたっけね~

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